「スマートホーム市場」というと、単一の市場をイメージするかもしれません。しかし、スマートホーム市場には、さまざまな領域が存在しています。
例えば、消費者が気軽にお店やオンラインショップなどで購入できるスマートホーム製品の領域に焦点を当てると、日本でも利用者が増えつつあるスマートスピーカーやスマート照明などがあります。前者では、Amazon社のEchoシリーズ、Apple社のHomePodシリーズ、Google社のNestシリーズなど、後者では、Philips社のHueシリーズ、Nanoleaf社の製品が挙げられます。
一方で、月額利用料を前提としたサブスク型のスマートホームサービスも存在します。スマートホームは使ってみると生活が便利になって手放せなくなりますが、一方で月額利用料を払うのであれば導入したくない、という人は少なくありません。ところが、海外市場に目を移すと、月額利用料を前提としたスマートホームサービスでも多くの加入者を獲得している事業者が多数存在します。私たちは日々の生活の中で、漠然とした不安や課題を抱えています。そういった不安や課題を解決してくれて、さらに便利になるのであれば、サブスク型のスマートホームサービスの需要が高まるでしょう。
そういった不安や課題を解決してくれるサービスの代表格が「スマートホームセキュリティ」という事業領域です。他にも課題解決型のスマートホームサービス(スマートホームソリューションサービスとも呼ぶ)に焦点を当てると、集合住宅市場をターゲットにしたスマートアパートメント、近年注目を浴びているエネルギーマネジメント(エネマネ)などがありますが、今回はスマートホームセキュリティについて焦点を当ててみたいと思います。
米国における普及率
スマートホームソリューションの領域を探る中で、米国でスマートホームの市場を成長させ、現在も米国に留まらず他国でも着実に成長を続ける注目領域が「スマートホームセキュリティ」です。特にスマートホーム先進国である米国において、スマートホームセキュリティの登場はホームセキュリティ市場を劇的に変えました。スマートホームセキュリティが普及する以前は、米国におけるホームセキュリティ市場の普及率は20%で非成長市場でしたが、その普及とともにホームセキュリティ市場は急拡大。2022年には普及率が40%に達し、年間成長率も20%程度で伸び続けています。
本記事では、「スマートホームセキュリティ」とは何か、どのようにしてホームセキュリティ市場を変革したのか、そしてスマートホームセキュリティの魅力を伝えるべく、ホームセキュリティの進化の歴史を紐解きながら探っていきます。
従来のホームセキュリティ
最初の防犯アラームはAugustus Pope氏によって発明されました。電磁石を使用することで、ドアや窓が解錠状態になるとベルを鳴らすことができるようになりました。
Pope氏の発明が起爆剤となり、第一次世界大戦終焉までの間に、ホームセキュリティシステムに対する消費者の認知が進み、需要が本格的に高まりました。防犯アラームを手に入れることができなかった人々は、代わりにドアシェイカーと呼ばれる見張り人を雇い、夜間の戸締まり確認をさせていました。
ビデオ監視技術が発明されましたが、ホームセキュリティシステムとして一般に使用されるようになるまでには、そこから約30年を要しました。
アフリカ系アメリカ人の発明家Marie Van Brittain Brown氏は、ビデオベースのホームセキュリティシステムの特許を取得しました。
ホームセキュリティシステムが手に届く価格帯になり、普及が進みました。多くのセキュリティ企業は、初回の設置料金を低く設定することで加入者を増やし、従来になかったサブスク型のビジネスモデル(利用者から月額のセキュリティサービス利用料を徴収する形)を築いていきました。
ホームセキュリティシステムは電話回線を使った有線通信接続でした。この接続方式は重大な欠点を抱えており、犯罪者は電話回線を断線することでセンサーを停止させ、簡単にセキュリティシステム全体を機能不全に陥らせることが出来ました。
スマートホームの成長の鍵を握る三大技術要素
無線通信
こうしてホームセキュリティが普及していきましたが、センサーや監視カメラは有線で接続する必要があったため、設置には時間とコストがかかることが課題でした。ところが21世紀に入った頃から様々な無線技術が手軽に利用できるようになってきました。
Wi-Fiなどの無線技術の登場により、ホームセキュリティの仕組みが劇的に変革しました。無線通信接続を使用することで、センサーやカメラの設置が容易になり、2013年頃からはスマートロックやスマートビデオドアベルなど、無線技術を活用した様々な製品が世の中に出てきました。 無線技術というとWi-FiやBluetoothなどが有名ですが、他にも多種多様な無線通信規格が存在します。スマートホームとスマートホームセキュリティの発展には、スマートホーム製品間の通信を容易にし、相互運用性を高めていくことが重要でした。そういったニーズを背景に無線通信規格において激しい競争が繰り広げられてきました。
2002年に設立されたZigbee Allianceは、スマートホーム業界の大手を集結し、低消費電力でコスト効率の良いZigbee規格をグローバルな無線通信規格として確立しました。デンマークの企業、Zensys社が開発したZ-Wave規格は、信頼性の高い相互運用可能な無線通信を提供しました。後にZ-Wave Allianceが設立され、2008年にSigma Design社に買収、さらに2018年には様々なワイヤレス製品で大きなシェアを持つSilicon Labs社によって買収されました。Z-Wave規格は高い相互運用性のおかげもあり、Zigbee規格と双璧をなす無線技術としてスマートホームで広く普及してきました。一般の人々に広く知られているBluetoothもスマートホームで利用することを考慮したBluetooth Meshを2017年にリリースしましたが、無線電波の到達距離や遅延などの問題が残っており、スマートホームではメインストリームになることができずに今日に至っています。
2014年には、Nest Labs社、ARM社、Samsung Electronics社などの企業が、Thread Groupを結成。Thread規格は2015年に正式にローンチされ、スマートホーム製品の連携のための低消費電力、IPベースのソリューションを提供しましたが、スマートホームの統一標準規格Matterが誕生するまではメインストリームになりきれずにいました。Matterについては、弊社CEOの新貝がnoteで解説をしていますが、このコーナーでもいつか取り上げていきたいと思います。
いくつかの代表的な無線技術を紹介しましたが、Wi-Fiに加えてZigbee規格やZ-Wave規格の出現により、ホームセキュリティ企業は、スマートホーム化に舵を切ることができるようになり、設置設定の容易さに加え、多種多様なデバイスを提供することでユーザーエクスペリエンスを高めてくれるスマートセキュリティサービスを提供できるようになりました。
クラウドサービス
二つ目のスマートホームの成長に影響を与えた技術はクラウドサービスです。
無線通信規格が登場したおかげで家庭内におけるデバイスの設置は楽になり見た目もすっきりするようになり、同じネットワークに接続されている製品同士の相互接続性を高めてくれました。無線技術の登場と同じ時期にクラウドコンピューティング技術が発展し、さらにはスマートフォンの普及もスマートホームセキュリティの発展に大きく寄与しました。クラウドを活用することでサービス提供事業者は様々な機能拡張ができるようになり、監視カメラの映像をクラウドで保存したり、スマートフォンを利用した遠隔操作などもできるようになりました。
クラウドを使用することで、ユーザーはあらゆる場所から自宅にアクセスし、スマートホーム製品を制御することができます。クラウドを介してスマートフォンに通知を受信できるようになったため、家で何が起こっているかを把握できます。防犯カメラからの映像を保管するなどの信頼性の高いストレージソリューションを提供できます。さらに、カメラから得たデータを活用し、サービスを提供することもできます。クラウドベースのソリューションでは、システムやソフトウェアのアップデートやアップグレードをリモートで容易に行うことができるようになります。
ビッグデータ/AI
三つ目のスマートホームの成長に影響を与えた技術はビッグデータ/AIです。
クラウドの発展と同時に、クラウドに蓄積されたビッグデータの活用も進みました。データを分析することで、人々の生活パターンを予測できるようになり、ユーザーにさらなる利便性や高いユーザーエクスペリエンスを提供することもできるようになります。住宅内におけるデータ分析が進むと、例えばとある家で平日の朝8時以降は皆外出しているといった傾向が見えてくるようになります。そのときに鍵が開いたままになっていたり、照明やエアコンが付けたままであったりしたら、ユーザーのスマートフォンにアラートを出すこともできますし、鍵の自動施錠や照明やエアコンを自動で消してあげることもできます。
ビッグデータの活用が進むとAIも進化していきます。防犯カメラについても、ただライブ映像を閲覧したり、映像データを保管したりするところから、AIを活用したさらにユーザーエクスペリエンスが高いサービスの提供ができるようになります。この点については、別の記事で触れていきたいと思います。
昨今はサービス提供事業者は利便性の向上のためにデータを好き勝手に利用することはできないため、データの活用についてはプライバシーの保護やデータセキュリティなど考慮するべき点が日に日に増していますが、ビッグデータとAIの活用は今後ますます重要になっていきます。
この他にもスマートホームをさらに発展させてくれる技術があるので、機会があれば記事にしてみたいと思います。
スマートホームセキュリティの登場とテックジャイアントの参入
スマートホームセキュリティ市場の誕生
2010年頃、スマートフォンが徐々に普及していく中、米国ではケーブルテレビ事業者や携帯事業者などの通信事業者や警備会社などの大手企業が次々とスマートホームセキュリティ市場へ参入してきました。
2010年、米国の警備業界の大手であるADT社は、ADT Pulseスマートホームオートメーションシステムをリリース。これにより、顧客は自宅のセキュリティシステムを遠隔でアクセスし、制御することが可能となりました。同じ年に、米国最大のケーブルテレビ事業者であるComcast社は、Xfinity Homeサービスを立ち上げてスマートホーム市場に進出。窓やドアへのワイヤレスセンサーや、遠隔で操作可能なデジタルサーモスタットを提供しました。さらに同年、カナダの通信およびメディアの大手、Rogers社もComcast社が採用したプラットフォーム(iControl Networks)を採用し、スマートホームセキュリティ市場への参入を果たしました。翌2011年には、米国のケーブルテレビ事業者大手のCOX社もiControl Networksを活用してCOX社のホームセキュリティサービスCOX HomeLifeをリリースしました。
こうした大手企業がスマートホームセキュリティ市場に参入してきたことにより、一般消費者の中でも認知と普及が徐々に進んでいきました。
2012年、後にAmazon社に買収されるRing社の創業者Jamie Siminoff氏により、「doorbot」という革新的な製品が開発されました。これはビデオセキュリティカメラとドアベルを組み合わせたコンセプトの製品で、スマートフォンを使って玄関ドアの前に居る訪問者を確認することができました。これは現在「Amazon Ring Video Doorbell」として市場で認知されており、スマートホームセキュリティ製品の発展に大きく寄与しました。更に、この「Amazon Ring Video Doorbell」は、市場全体をプロ施工型のホームセキュリティ導入から、DIYによるホームセキュリティ導入へシフトさせ、多くの消費者の心を掴みました。
テックジャイアント(GAFA)の動きとスマートホームの普及
スマートホームセキュリティは、スマートホームと共に発展してきました。
2010年代に入るとご存じの通り空前の「スマートホームブーム」が巻き起こります。2010年にApple社の元エンジニアたちよって世の中に出てきたNest Learning Thermostatの登場が、スマートホーム市場に変革をもたらしました。彼らは家庭内の無線Wi-Fiを活用し、遠隔で自宅に設置されたスマートホーム製品を制御する新たな価値を生み出しました。2014年になると、Google社がこのNest Labs社を買収し、テックジャイアントとしてスマートホーム市場へ参戦してきました。
同じ2014年に、Apple社もスマートホーム競争に名乗りを上げ、Apple HomeKitを発表しました。iPhoneやiPadに標準でインストールされるApple Homeアプリを通じて、ユーザーが互換性のあるスマートホーム製品を遠隔で制御できるようになりました。
当然のことながらAmazon社もスマートホーム市場の機会を見逃すことなく、同じ2014年にAmazon Echoを発表しました。その後、このスマートスピーカーは音声で情報を取得したり、スマートホームを制御するという新たな価値提供を消費者に認知させ、音声アシスタントのブームを巻き起こしました。
日本では製品が販売されていませんが、スマートホームで大きくシェアを持つSamsung社も同じ2014年にSmartThings社を買収しており、スマートホーム市場における存在感が高まりました。
2016年になると、 Google社がAmazon Echoへの対抗馬としてGoogle Homeを発売しました。AppleもスマートホームでSiriを活用しており、テックジャイアントたちがスマートホーム市場で切磋琢磨がしたことで、スマートホーム業界の成長に寄与しました。
米国の調査会社Parks Associatesのデータによれば、米国でのスマートホーム製品の普及率はすでに40%に達しています。米国では新製品が市場で受け入れられるまでの障壁とされる「キャズム」の段階も、既に越えています。
従来のホームセキュリティvsスマートホームセキュリティ
空前のスマートホームブームの流れを汲み、ホームセキュリティは無線通信とクラウド、AIなどを活用することで、スマートホームセキュリティへと進化していきました。
一般的なスマートホームセキュリティシステムは、Wi-Fiなどの無線技術を通じて接続されるセンサーやスマートカメラに留まらず、スマートロック、ドアベル、煙探知器など、多様なスマートホーム製品でより安心・安全な住環境を作れます。これらはスマートフォンから制御することが可能で、コストや設置設定面のみならず、ユーザーエクスペリエンスの面でも従来のホームセキュリティシステムを上回っており、より多くのユーザー層に受け入れられるようになりました。
今回の記事の最後に、従来のホームセキュリティと比較したスマートホームセキュリティのメリットについて簡単にまとめたいと思います。
アラームシステムの比較
従来のアラームシステムでは、窓やドアにセンサーを取り付け、侵入を検知するとサイレンが鳴るだけでした。スマートセキュリティでは、アラームが作動するとスマートフォンに即座に通知が届きます。通知を受け取った居住者は、アラームが作動した理由やその検知箇所を知り、対処することが可能になります。
リモートモニタリングの比較
従来のアラームシステムでは、不在時にアラームが作動した際、現場で何が起きているのかを把握することは不可能でした。スマートセキュリティはスマートフォン等を通じて、リアルタイムでの映像確認が可能になるので、映像を見ながら侵入者に対して話しかけて威嚇したり、被害が大きくなる前に対処することができます。また、クリップ動画や常時録画などの機能で、直ぐに映像を遡って確認することができますし、万が一の際の証拠としても役に立てることができます。
プロフェッショナルモニタリングサービス
スマートホームセキュリティではユーザーはスマートフォンを活用して自宅を自分でモニタリングすることができます(セルフモニタリング)。 セルフモニタリング型を利用していても、個人が常にスマートフォンを見ることができないため、プロフェッショナルモニタリングサービスにより、さらなる安心感を得られるようになっています。 米国の多くのスマートセキュリティサービスではサブスク型のプロフェショナルモニタリングも追加で利用できるようになっています。このプロフェッショナルモニタリングサービスは、ホームセキュリティの枠組みを超え、様々な見守りサービスでの活用も始まっています。
多様なデバイス
スマートセキュリティは様々なセンサーやスマートデバイスの追加が可能です。例えばセンサーで言うと、人感センサー、ドアや窓に取り付けられる開閉センサー、ガラスの破損音や水漏れを検知するセンサー、煙や一酸化炭素を検知するセンサーまで、幅広い範囲の検知が可能です。プロフェショナルモニタリングシステムと共に、ガス、火事、または水漏れを検知するセンサーは、潜在的なリスクを発見する重要な役割を果たしており、被害の発生を事前に防いだり、被害を最小限に留めることができます。それ以外にもスマート照明や、スマートロックやスマートビデオドアベルなど様々なスマートデバイスを組み合わせて使えるようになっています。スマートロックやスマートビデオドアベルについては、別の記事を掲載して行く予定です。
カスタマイズ性
従来のセキュリティシステムは、導入後のカスタマイズが難しいのに対し、スマートセキュリティは製品の追加や設定変更を簡単に行えます。また、スマートセキュリティでは、位置情報サービスを利用してリマインダーを設定する等の機能も利用可能です。例えば、自宅から500メートル離れた場所に到達したことを条件に、照明の消し忘れを検知し、自動的にOFFしたり、スマートフォンに通知を送ることも可能です。
設置設定の比較
従来のシステムは専門業者による設置設定が必須でしたが、スマートセキュリティでは、専門業者への依頼が不要で、自分自身での設置設定が可能なDIY製品も多く存在しています。
DIY製品は、セットアップマニュアルを参照すれば簡単に設置設定できるものが多く、製品の設置場所も柔軟に選べるので、家具のレイアウト変更や引っ越しもしやすくなります。さらには、専門業者による設置設定にかかる費用を節約できるだけでなく、自分で設置設定することでスマートホーム製品に慣れ親しみ、理解を深めることもできるでしょう。トラブルが起きた時に、自己解決することができるようになるかもしれません。
このようにホームセキュリティは、スマートホーム技術の発展と活用により、スマートホームのサービス事業として確固たる地位を築き上げてきました。
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